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短編小説「じゃむ・4」

05/23 00:18
大学を卒業して、僕はもちろんふつうの女性と結婚して、
3歳の娘と風呂に入るなどという僥倖に恵まれるに至る。
平々凡々。
今日も自分の一日を疑いながら耳の痒みも忘れてしまった。
というか感じなくなったのだろう。

風呂上がりに娘の髪をタオルで拭いていたら、
何故かじゃむのことを思い出した。
なにも不満じゃない。
なにも不安じゃない。
つぶやいても仕方ないことを口の中で繰り返す。
より思いの深い方が恋愛では敗者になる。
トーマス・マンの言うことが確かなら、
じゃむは間違いなく世界中の誰もの股下をくぐらなければならない敗者だ。
じゃむは僕を敗者にもさせてくれなかった。
そうして僕には娘がいて、
じゃむ、じゃむ、どうしてるんだろうと思う。


おそらく鳴咽をあげて泣いていたのか、
娘が妻を呼んだらしい。
「あらあら」
バスルームに入るなり、
そういうと妻は娘の髪と体を拭きだすより先に
大きなタオルで僕の顔を娘から隠し、
ごしごしと髪を拭きはじめた。
涙に唇をよせ、それから水気のあるキスをそっとした。

まだなにか悲しいの?

タオルの覆いの中で彼女はそっとつぶやいて、
なぜか付き合いで泣いている娘をあやしに向かった。

ああ、そうか、こんなに近くにあったものか。
僕は今日も呼吸をしていられた幸せを
この人と分け合って暮らそうと。
そう心の中でじゃむのいる風景に告げてみる。

娘とともに妻を抱き上げて、
なんてな、などと言って笑って見せる。
娘はやっぱりなぜか付き合って笑って見せて、
妻はというと、やはりふんわりと笑っていた。






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